謎解き!江戸のススメ 江戸時代の外食・ファストフード

江戸時代の寿司

(謎解き!江戸のススメより引用)

番組の概要

江戸時代に関する謎を解き明かす番組。今回は、いまでは当たり前になった外食について。江戸前期では武士も庶民も家で食事をすることが当たり前。江戸時代に外食文化が花開いた。

外食文化の歴史

江戸前期では、武士も庶民も家で食事をすることが当たり前で、その食事の内容は一汁一野。特にお米は豊富にあり、一日五合は食べていたと言われている。ビタミン不足で脚気にかかる人が多く、江戸から離れ、里に変えると脚気が治ることから江戸患いとも言われていた。

●かど家
文久2年(1862年)創業。鶏肉料理専門店。作家池波正太郎が通った店。鬼平犯科帳に登場する鍋料理屋「五鉄」のモデルとなったと言われている。名物軍鶏鍋は濃厚な八丁味噌のスープでじっくりと煮込んだ軍鶏の肉。

 

外食の登場

初めて外食が登場するのは明暦の大火(1657年)後。浅草の茶屋で出された「奈良茶飯」でした。奈良茶飯、豆腐汁、煮しめ、煮豆、おしんこがついて所謂定食形式で提供されていた。料金は銀五分(約1,000円)。

なぜ、奈良の精進料理が人気になったか。江戸初期は、上方文化への憧れがあるのと、上方の人間も多く江戸に入り仕事をしているので、多くの人を魅了した。それから飯屋が多く出店しはじめ、メニューも豊富で、とろろ飯や菜飯など広がっていった。

●奈良茶飯
奈良茶飯は元々奈良のお寺で食べられていた精進料理。大豆を軽く煎った後、すり潰し、ご飯と一緒に炊く。小さじ1醤油とほうじ茶を少々入れる。お茶を入れるのが茶飯の所以。

奈良茶飯

(謎解き!江戸のススメより引用)

●とろろ飯
麦ごはんにとろろをつけた定食。

とろろ飯

(謎解き!江戸のススメより引用)

●菜飯
青菜を刻んでいれた菜飯の定食。

●一汁一菜
ごはんに汁ものと漬け物。たまにおかずがつくというもの。

 

外食がなぜ広がったか

江戸幕府が開かれると全国から職人たちが集められ、参勤交代で全国の大名の武士たちも江戸に住むことになり、商人たちも一儲けしようと江戸に集まってくる。武士たちは単身赴任で江戸に住んだりするので必然的に男性の割合が多くなってきた。その時代、男性でも炊事をするのだが、燃料となる薪や炭、油。調味料の醤油や味噌、塩の値段が高く、全体の約46%にも上り、一人分の飯のために費やすのは非効率だった。また火事もあって家で火を使ったり、家財道具に投資するよりも、服や外食に金をかける傾向にあったという。

ごて振りという行商人たちにも支えられ、毎日長屋に売りにきていた。大根などの野菜も売れば、煮物などのおかず類と、いまでいうデリバリーみたいなものだったという。

 

外食の種類

酒が飲める居酒屋や煮物を売る煮売り屋、焼き魚焼き豆腐などを売る焼売り屋、一皿四文(80円)の四文屋などが登場。そのなかで人気だった外食のひとつがウナギ。

●いづもや
東京日本橋にある鰻屋。江戸前期に食べられていた蒲の穂焼き(がまのほやき)が食べられる。ぶつ切りにした鰻を塩をかけながら皮ごと丸焼きにする。これば訛って蒲焼き(かばやき)と言われるようになったという。

江戸時代の鰻

(謎解き!江戸のススメより引用)


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